結婚できない女
「タカナシクリニック」の高梨真教先生と一緒にお仕事させていただきました。
「ブライダルステーション」という結婚相談所主催の恋愛Q&Aのインタビューです。
掲載は後日改めて告知しますが、なんつうか、いろいろと考えさせられるお仕事だった。
というのは、「ああそうだよね、大変だよね」と共感できる質問から、「オイオイそれはねえだろう」まで、佐伯、なるたけ皆様の幸せを願って一生懸命お答えしたんだけど、最終的に思っちゃったのは、
「で、それほど相手に条件つけるだけの価値があなたにはあるのか?」
だったから。
私は身長とか学歴とか年収とかで男を選んだことがないので、そういうのを重視する女性の気持ちがわからない。 だからそもそもこんな仕事を引き受けちゃいけなかったんだろうけど、「どうしても医者と結婚したい」とか、そういう基準で男を選ぶとあとあと後悔する気がする。 早い話が結婚したら「ボヴァリー夫人」になっちゃうんじゃねえかってこと。
「ボヴァリー夫人」てのは19世紀フランスの作家フローベールの小説で、医者と結婚したけど夫は退屈でロマンス求めて不倫を重ね、挙句男に振られて服毒自殺しちゃう人妻を描いた話だ。
試しに出会い系サイトとかを覗くと、世間にはこの手の和製ボヴァリー夫人がうようよしている。 アタマで考えて結婚しちゃって、数年経ってからカラダが突然反乱を始めるのだ。
だけど、35過ぎて結婚相談所に駆け込む女性の気持ち自体はよくわかる。 悲しいかな、女のDNAはもともと男と違い、外で狩猟するんじゃなく中で産み育てるようにできてるから、それが男と対等に頑張っちゃうと、往々にして35過ぎてからジワジワと身体に来る。 「ねえそうじゃありませんようアナタ」と、カラダが悲鳴を上げ始めるのだ。
女が仕事をバリバリやると、どうしても男性ホルモンが体内に増えていく。 そしてそれは、女体という宇宙にとっては決して喜ばしいことじゃない。 だから、その時初めて女は考えるのだ、「結婚したい、できなくてもせめて人生のパートナーは欲しい」と。
若いうちは無理がきくからそのことに気付かない。 私だって、20代の頃は身体なんか「ない」と思ってた。 それが、徹夜がだんだんきつくなり、あちこちにガタがきて初めて「ああカラダってあるんだなあ」と思い知る。 で、慌てて人生のパートナーを探し始めるわけだけど、佐伯はあえて弁護します、女が35過ぎて焦るのは当然の現象です。 だって、カラダがDNAの黄信号に反応してるわけだから。
だけど、焦っている気持ちを承知の上であえて言わせていただくんだけど、あんまりあちこち探し回ったり、あれこれ条件言わない方が、自分に合った人との出会いって案外やってくるような気がする。 ドイツの諺に「どんなナベにも合うフタがある」っていうのがあるんだけど、自分で決めた思い込みをなるべくとっぱらっちゃった方が、幸せって意外と向こうから転がってくる気がするのだ。 大事なのは「こんなワタシで良かったら」という素直かつケンキョな気持ちと、「これだ」という相手に出会った瞬間、それと気付く選球眼。 これ、条件とかでウダウダ言ってると見逃してしまいがち。 あとは・・・やっぱ「握力」だな。 その相手をガチッと捕まえるための(笑)。
ちなみにこの日、佐伯は高梨先生に新宿二丁目のゲイバーに案内され、そこで中村うさぎさんと遭遇。 先の仕事で生じたモヤモヤも手伝い、高梨先生が帰った後もついうさぎさんと夜通し喋ってしまいました。 私が言うのも僭越ですが、うさぎさんは心根の優しい、人として大切なことをキチッと心得たお方でした。 朝6時過ぎ、私が一足先に帰る時も、ひとりでは危ないからと店の外まで送ってくれて、「金曜の晩はあたし大抵ここにいるからまたおいで」。 いい女だなあ、もう(泣)。 思わずハグしちゃいました、私。





